隠居のうんちく



 
                         漢字のハネ、トメ、ハライ

                               

 なにしろ漢字が苦手です。
 私の世代は、ちょうど中学生の頃に、旧漢字から当用漢字(今の漢字)に切り替わったので、その両方を知っている……といえば聞こえがいいが、むしろそのどちらも半端にしか身についていない世代とも言えるのです。
 そんな私が、先日六年生の孫娘の漢字の書き取りの答案の、得点が百点満点の十点だったのは、いつものことで慣れっこでしたが、ショックだったのは、私が最初見たところでは、いつになく九十点くらいはとれているように見えたからです。おや、と思ってよく見直して見たら、漢字の線の終わりのハネ、トメ、ハライが、片っ端から間違っていたのです。その間違いを、私は片っ端から見落としてしまった。
 思えば昔から、漢字のハネ、トメ、ハライには泣かされてきました。
 ところが、先日『字がうまくなる 「字配り」のすすめ』(猪塚恵美子著)という本を買ったら(こんな本を買うほどまでに追い詰められている私の心境をお察し下さい)、次のような記述があり、またもや大きなショックを受けました。
 もともと漢字には、それぞれ一つの漢字ごとに複数の字形が存在していたのだそうです。
 だが、活字というものが作られるようになると、たまたまそのうちの一つを選んで活字に採用しなければならなかった。
 しかし文部省の発表した当用漢字表には「明朝体活字の形と筆写の楷書の形との間には、いろいろな点で違いがある」とはっきり書いてあるそうです。
 そして文部科学省の説明によれば、例えば、「保」の「木」の部分は、「木」でもよいし「ホ」でもよい、そして「木」のタテ線の最後はトメてもよいし、ハネてもよい、また「角」の左側のタテはハラッテもよいし、直線でトメてもよい、とあるそうです。よろずこんな具合です。
 つまり、ハネ、トメ、ハライに関しては、もはやルールとも呼べないくらいのゆるゆるな取り決めなのです。
 しかし、教科書は、ご存知のように活字で印刷されています。
 そこで小学校の先生たちは、教科書に印刷された漢字こそ唯一つの正しい漢字だと勘違いしてしまいました。
 教科書の活字と同じようにハネ、トメ、ハラウのが正しくて、それ以外は間違い、としてバツをつけるようになりました。
 ところで、前述したように、一つの漢字には本来複数の形があり、そのいずれもが平等に世の中には通用していたのです。たまたまそのうちの一つが便宜的に活字に採用されただけであって、活字だけが正しい漢字というわけではないのです。
 早い話が、漢字の形が正しければ、其の字の線の先がハネていようが、トメていようが、ハラッテいようが、全部正しいのです。
 それは、文部科学省もちゃんと認めているのです。
 まったく、小学校の先生たちは、罪な勘違いをなさったものですね。
 そして、いまだになさっているものですね。
 おかげで、学校の漢字書き取りの時間は地獄の時間になり、イジメの時間になってしまい、漢字嫌いの子供達を大量生産しています。

                               

 
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