隠居のうんちく



 
                         ご先祖は二度アフリカを出発した

                               

 こういう話は興味のない人には極端に興味のない話題なのだけれど、まあそもそもそういうことが隠居のうんちくというものなのだから、なにとぞご勘弁を……
 ご存知のように、人類は東アフリカの大地溝帯、オルドバイ渓谷で発生し(つまり類人猿と共通の祖先から枝分かれして、直立二足歩行を始め)、猿人(アウストラロピテクス)となりましたが、それが進化して、原人(ホモ)になった時点で、そのうちの一派が初めてアフリカからそれ以外の土地へと進出しました。(その頃は地中海は緑したたる巨大な盆地だったという説もあるようです。それが或る日、今のジブラルタル海峡にあたる部分に亀裂が入り、大西洋の水がどっと流れ込んで、盆地がそっくり海になってしまったのだ、そしてその記憶がノアの箱船の伝説を生んだ、というのですが、まあ、それはそれとして……)
 アフリカから進出した原人の一派はユーラシア大陸の隅々にまで広がり、その一部が北京原人やジャワ原人の化石となって残っています。
 そして、そのアフリカから進出した原人から、アフリカの外で進化したのがネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルタリアノス)で、彼らは寒冷なヨーロッパ北部を中心に発展しました。彼らは日光の弱い北部に適応して、肌は白かったようです。
 ところで、それとは別に、あくまでアフリカに留まっていた原人から進化して、アフリカの中で生まれたのが、現世人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)でした。彼らは日差しの強いアフリカで進化したので肌は黒かった。
 そして現生人類は、やがてアフリカから外の世界へと進出しました。
 つまり、私たちのご先祖は、原人の時と、現生人類になってからと、二回アフリカから出発したのですね。
 ネアンデルタール人と現生人類とは、ヨーロッパを中心にして、かなり永い間共存していたようです。
 それは、現生人類が、ネアンデルタール人のテリトリーの北の地方へ進出しようとすると、肌が黒いので北の弱い日光の吸収が不足してビタミンAやDが体のなかに充分出来ず、クル病になって死ぬものが増え、また、ネアンデルタール人が現生人類のテリトリーである南部地方へ進出しようとすると、その白い肌が強い日差しの紫外線を防ぎきれず、皮膚ガンになって死ぬものが増え、こうして現生人類は北方へ行けず、ネアンデルタール人は南方へ行けず、互いに北と南に住み分けざるを得なかった。そこで両者は共存出来たのだそうです。
 しかし、やがてそのバランスが崩れるときが来ました。
 現生人類の一部が進化して、肌の白い一族が生まれたのです。
 肌が白ければ、北へ進出してもクル病にはなりません。こうして、彼らはネアンデルタール人のテリトリーに遠慮なく進出し始めました。
 ネアンデルタール人の絶滅については、現生人類が皆殺しにしたのだ、という説もあるようですが、必ずしも積極的に殺しまくらなくても、ほんのちょっとした狩りの能力の違いだけでも、当時のような厳しい食料事情のもとでは、すぐに生存の危機に結び付いたに違いないと思われます。
 ネアンデルタール人の知能は現生人類のそれと比べ、殆ど見劣りがしなかった筈だということです。
 でも、狩りの際の伝達のための、ほんのちょっとした言語表現の差、弓矢の扱いのほんのちょっとした器用さの差、そんなものが、積もり積もれば、或る種族の絶滅にまで行き着いてしまったのかも知れません。
 例えば、狩りをする際にほんの一分先を越されただけで、獲物をみんな現生人類に独り占めされてしまったかも知れない。毎回一分ずつ遅れただけでも、いつもいつも食料が手に入らなくて飢え死にしてしまったかもしれない。
 生物史の中では、絶滅ということは、まさに日常茶飯事でした。
 例えば有史以来今までに「霊長類ヒト科」に属する生物は、約二十種類にものぼるそうです。
 そのうち、ただの一種類(現生人類)を除いて、残りのすべては絶滅しました。
 よくもまあ、一種類だけでも生き残ったものですね。これだけ片っ端から絶滅したのだったら、むしろ全部絶滅したほうが当たり前だったのではないでしょうか。
 たとえば、他の生物種では、ただの一種類しか残っていなくて同属の全くない「科」はまことに珍しい。イヌ科とか、ネコ科とか、ウシ科とか、ちょっと考えても、いっこうにそんな科はない。
 稀に「カモノハシ」みたいに一科しかいない生物がいますが、それは卵で生んで母乳で育てる、といった、鳥類から哺乳類への進化の途中で置き去りになった唯一の生き残り、といった半端モノばかりです。
 いや、もしかしたら、現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)は、進化の途中で置き去りになった、生き残りの半端モノなのかも知れませんよ。

                               

 
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