隠居のうんちく



 
                         究極のネオテニー

                               

 隠居のウンチクにはとりとめというものがありません。しょっちゅう面妖な方向へと暴走します。
 ネオテニー(幼形成熟)という言葉をご存じですか? ご存じの方は、ご存じでない方のために我慢して、ちょっと説明に付き合って下さい。
 ひところ、襟巻きトカゲなんかと共に話題になったウーパールーパーというオタマジャクシの親分みたいな長閑な顔の水中生物がおりますね。あれなんかは、本来は両生類なので、カエルのようにやがて手足が四本出て成体になって、初めて繁殖能力を持つ筈なのに、ウーパーは、オタマジャクシの形態のままで、ちゃんと卵を産み、受精もして、次の世代を作り出します。こういうのをネオテニーと呼ぶのだそうです。
 海のパイナップルと呼ばれるホヤも、その幼生は、まるで魚のように海中を泳ぎ回り、ちゃんと背骨の原型まで持っているのだが、やがて、しかるべき場所に根を下ろし、まるで海藻のように定着して一生その場を動かないので、植物としか見えませんが、実は動物なのですね。
 ところで、いちばん最初の魚類はホヤのネオテニーだった、という説があるそうです。つまり、ホヤの幼生が、何かの拍子に幼生のままで子孫を産む能力を獲得したのが、総ての魚類の始まりだ……ということは、それが人類を含めた総ての脊椎動物の起源だ、ということになります。
 ネオテニーについては、こんな説もあるそうです。総ての類人猿の中で、体型的にヒトにいちばん近い形をしているのは、チンパンジーの胎児なのだそうです。だからもしかしたら、ヒトの一番最初の祖先はチンパンジーの胎児のネオテニーかも知れない、というのです。つまり、まだ胎児の形をしたまま早産したチンパンジーの赤ちゃんが、そのまま子供を産めるようになったのが、人類の先祖だ、というわけです。ここまでいくと、ネオテニーもなんだかグロテスクというか、ホラーっぽいね。
 もっとヤバいネオテニーもあります。ヒトの女性は男性のネオテニーだ、という説です。マ、マ、待って下さい、フェミニストの皆さん。オタマジャクシよりもカエルのほうが偉いなんて、私は言った覚えはありませんからね。
 つまり、若い女性の魅力的な特徴は、幼い男性のそれと共通なものがある、ということなのです。成人男性の角張った顔や体と違って、幼い男児は顔にも体にも要所要所に魅力的な丸みがあるのが特徴です。
 確かに若い女性の愛らしさには幼児のそれと似た所があります。繰り返しますが、ホヤの幼生のほうが成体よりも後世よっぽど多様に発展しているわけですからね。
 ところで、ペットをお飼いになったことのある方は誰しもご存じのように、動物は子供の頃にはよく遊び、よくじゃれますが、成熟すると遊ばなくなります。野生動物も同じです。成獣は必要なことしかやりません。遊ぶのは子供だけです。
 ところが動物の中に唯一の例外があります。それはヒトです。ヒトだけは大人になっても遊びます。呑んだり、テニスをしたり、釣りをしたり、連句をしたり(誰かのことを正当化しようとしている)、ゴルフをしたり、とにかくよく遊びます。そして、その遊びの習性が人類の文化文明の進歩の原動力だ、とも言われています(ますます正当化している)。学問だって動物の目から見たら遊びでしょう。現にルネッサンスの頃には、学問は娯楽の一種とされていました。
 だとすると、大人になっても遊ぶヒトは、ヒトの子供のネオテニーだ、と言えませんか?
 ヒトは、自分自身の子供のネオテニーだ、というわけです。なんだか頭がマグマグテクナル(秋田地方の方言で、連れ合いに教わりました)ような、禅問答みたいなリクツで、申しわけありません。
 でも、昨今の世情を見ますと、どう見てもヒトの幼形成熟としか思えない若者たちが大量に見受けられますね。先日の成人式の新聞記事で、成人代表として答辞を述べた若者が取材に答えて「成人は二十五歳に変更したほうがいい」と苦々しげに述べていたのを読んで吹き出してしまいました。
 ところが一方、現在の我が国では出生率が戦後最低にまで下がっているということです。ネオテニーとは、幼形で成熟するだけでなく、子供を産むことが必要条件です。今の若者は子供を作らないのですから、その点ではネオテニーではなくて、その反対とも言えますね。ネオテニーの反対は何でしょうね。さしずめ老いテニーとでもいうのでしょうか。

                               

 
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