隠居のうんちく



 
                         ナンバ 再び

                               

 階段を登る時、試みに、右脚を上げると同時に右の肩を上げてみて下さい。左の脚と同時に左の肩を上げて下さい。それを交互に続けてみて下さい。
 自転車を漕ぐ時、右脚でペダルを踏み込む時右肩を下げてみて下さい。左足を踏み込む時左肩を下げてみて下さい。それを続けて漕いでみて下さい。
 いつもより、こころもち楽ではないですか?
 実は、これがナンバ歩き(走り)の原理なのです。
 以前、ナンバをご紹介した折は、隠居は多少誤解して、それを「右脚を出すとき右手を出す」と申し上げたのですが、その後の「研究」で、そうではないということが解りましたので、訂正させて頂きます。
 ナンバは、右脚と同時に右手を「出す」のではなく、「上げる」のでした。
 そのいちばん手っ取り早いイメージの掴み方は「竹馬」の乗り方です。
 竹馬の歩き方は、まず右の竹馬に全体重を移して、左の竹馬を左の手で持ち上げ、次に身体を前に倒して行って、左の竹馬が地面に着いたところで左に体重を移します。
 そして今度は右の竹馬を右手で持ち上げ、そのまま身体を前に倒して、右の竹馬が地面に着いたところで右に体重を移します。
 それを繰り返せば、身体は前進します。
 ナンバ歩き(走り)は、いわば架空の竹馬に乗っているつもりで進めばいいのです。
 隠居がひそかに、道を歩いている人を観察してみたところ、両手に荷物を提げている人などは、けっこう無意識にナンバ歩きをしておられるようですよ。
 ナンバのセオリーとは、
「ひねらない」
「蹴らない」
「踏ん張らない」
 の三原則です。
 西洋歩き(走り)の原則は、脚での「蹴り」と、上半身の「ひねり」の反動とで、前進します。
 日本歩き(走り)、つまりナンバの原則は、「体重移動」による前進です。
 「蹴り」による移動には、まず「膝曲げ」と「膝のばし」という二動作が必要です。
 ところが「体重移動」は一動作で済みます。つまり半分の動作です。それだけ早く反応できます。
 日本の武道がナンバを用いるのは、このためです。
「蹴り」だと「膝曲げ」の時、相手にこちらの次の動作の方向の予測をされてしまいます。「体重移動」だと一瞬でどちらにでも体重移動出来ます。
 柔道の「すり足」とは、つまり蹴らない体重移動の走りのことなのですね。
 ウンチクにも実行が伴わなければならない、というのがナンバに関して、かねがね隠居への連れ合いの批判でした。
 そこで今回は、隠居は毎日、歩く時、或いは走る時には、専らナンバを用いております。初めは慣れぬこととて、いつもは使わぬ筋肉が痛くなったり、いつもの倍くらい疲れたりしていましたが、倦まずたゆまずやっているうちにそれなりに慣れてきました。
 その実験結果をご報告しますと、隠居のように老化現象で膝の軟骨がすり減っている人間には、蹴らないことは確かにメリットがあります。蹴らないでも前進出来るという発見は新鮮でした。実際にやってみるまでは信じられませんでしたが、確かに出来るのです。少なくとも加齢その他で膝に問題を抱えておられるかたはお試しになってみてもご損はないと存じます。(蹴らない捻らない踏ん張らない、というのは、隠居のように、蹴飛ばさない捻ねくれない頑張らない人間には向いているのかも知れませんね。ナンチャッテ)
 ただ隠居はまだ初心者なので、歩き(走り)ながら、いちいち「右脚へ体重移動」「左足へ体重移動」「蹴らない」「捻らない」と心の中でかけ声を掛けないとうまくいかないので、やたら忙しい。
 せんだって、たまたまナンバ歩きしている最中に知人に出会ったら「神経痛ですか?」と訊かれました。
 どうも、ルックスに関しては、多少のデメリットがあるようですね。

                               

 
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