隠居のうんちく



 
                         それがどうした、はナシよ

                               

 横丁の隠居はことのほかデータ好きです。データなら何だって好きです。例えば、全世界のジッパー(今はファスナーと言わなければいけないのか)の八〇パーセントは日本で生産されているのをご存知ですか? 全世界で獲れるタコの三分の二は日本で食べられていることは? 人口一人あたりの蛍光灯の生産量は日本が世界一だ、ってことは? 地球上でいちばん多くの人間が使っている国語は? 私は英語だと思っていたら、中国語なんですね。全世界の国際貿易額の第一位は石油ですが、第二位は? それはコーヒーです。これからの季節の味おでんの、具のうちで人気投票の第一位は? それは豆腐で、第二位以下は大根、はんぺんの順でした。
 ここまで書いたら、さすがの私も次第に怯んできました。またもや「それがどうしたの?」の大合唱が耳元で鳴り響きます。だからね、あのフーテンの寅さんも言ってるじゃないですか「それを言っちゃあ、おしまいョ」って。
 こうなったらもうヤケだ。よし、それなら究極の「それがどうした」に挑むぞ! プロ野球の公式の使用ボールの縫い目の数は幾つでしょう? それは一〇八個です。ほら、今また言いかけたでしょう。いいですか、それを言っちゃあ、おしまいョ。
 だけど、考えてみたら、どうして一〇八個なんでしょうね。いや、どうして一〇八個でなければいけないんでしょうね。確かにボールの縫い目の数によって、投手の球筋の変化がだいぶ違ってくるから、すべてのチームのすべての投手に平等になるように、ボールの大きさ、重さから、縫い目の数まで全部一定にしてあるんでしょう。
 しかしですよ、どうしてボールだけ平等にしなければいけないのですか?
 例えばバットは、長さ太さ重さに一応の規定はあるようですが(王さんが現役時代に竹のバットを使おうとして叱られました)、でもボールの縫い目の数に匹敵するほど厳密な規定ではないでしょう。打者それぞれが自分好みの長さ太さ重さのバットを使ってるじゃないですか。
 守備だって、選手それぞれが、自分の手に合わせた特注のグローブやミットを使っています。特に親指と人差し指との間の工夫なんて、随分独自なものがあるようです。
 どうしてボールばかりが縫い目の一個さえも違ってはいけないのか? ボールだけのこんな平等は、野球全体から見たら却って不平等じゃないだろうか?
 この際思い切ってこうしたらどうでしょう。ボールの縫い目の数を一切自由にしてしまうのです。それぞれの投手が、自分好みの縫い目の数の「持ち球」をひっさげて登板するのです。或る投手のボールは全面ツルツルで縫い目がひとつもありません。また或る投手は全面縫い目だらけの、まるでムカデを集めてお握りにしたようなボールを用います。
 こうなると、ピッチングも随分変化に富んでくるでしょうね。なんともまか不思議な球種も生まれることでしょう。いまや打高投低が嘆かれだして久しい球界にも、俄然打者をキリキリ舞いさせる名投手が続出して、大いに活況を呈するようになるか、それとも何が何だかワケのわからないことになってしまうか、そこのところは、はっきりしませんが、しかし、こんなに世の中全体がワケがわからない中で、野球だけワケがわかったってしょうがないじゃありませんか。

                               

 
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