連句「寒明けや」の巻 横丁のご隠居宮原昭夫公式サイト
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 新春の連句は「季語」を新年で始めることにしました。そして、
捌きは堀口みゆきさんにお願いして、会場はご隠居宅のアトリエを
 お借りしての、新年にふさわしいにぎやかな初連句となったのです。
このアトリエはご隠居のお連れあいの画家宮原青子さんのアトリエ
です。

 発句は事前に堀口みゆきさんにお願いしました。       
 猿ぽぽや初日の中に揺れてをり         堀口みゆき 

 脇句はお迎えする亭主ということでご隠居が。
  バックミラーを過ぎりし春着         宮原 西北 

 猿ぽぽというのはこれです。飛騨地方では、赤い人形がさるの赤
 ちゃんに似ていることから、さるのぽぽさ(赤ちゃん)「さるぽぽ」
 と呼びました。「健康」「安産」「縁結び」「夫婦円満」のお守り。
また、「魔よけ、厄除け」厄がサル、病気がサル、のお守りでもあ
るそうです。


 新年の季語というのは、冬に含まれるというか春ではないのだそ
うで、新年即春だあという気がしていたのですが、なんと、季節は
 冬の中のことなのです。そういえば、立春までは冬なのです。さて、
発句と脇が新年ならば、次の三句目は雑になるのがしかるべきもの
らしいのですが、宿題の三句目は春にしましょうということで、蓮
衆のみなさまにお願いしていたので、季節の変わり目に雑の入らな
い「いきなり春よお」と始まりました。

 三句目の宿題となっていた句が短冊に書かれて、堀口みゆきさん
の前にどどっと並ぶ。発句と脇句に、動物、天体、機材、衣服とい
ろいろ出てきましたので、さわりのあるものを避けていく。猿ぽぽ
は子どもに関係があるし、猫柳は動物につながる、という繊細な言
葉の引っ付き具合を丁寧に見ていく。さらに、表六句の羽織袴の最
中である。恋の歌も避けたい。お酒や遊楽も。そして、穏やかな中
にも、どこか凛とした響きの句が選ばれた。

 笑ふ山清らな水をたくはへて          秋山 参森

 春の始まったばかりの山。山野と水が出る。こうして、どんどん
といろいろな物が歌われていく。前の五句にある物は使えないルー
ルが一応ある。早く採用にならないと辛くなるばかりだ。一歩先ん
じたいところである。前回は芽笹さんが泣いた。なんか、貯金が減
るような感じに似ている。

  あれこれ育つ祖母の苗床           添田 鬼灯

 次の月の句にかからぬように、またその先の花の句にかからぬよ
うに、丁寧に選ばれた。作物が出て、人倫が出る。なんとここまで
で、一時間もかかっている。しかし、句はとてもいい感じで私たち
 はまだ、それほど慌ててはいない。ところが、そのあとの月の句で、
ちょっと苦戦する。春の月である。使えない言葉や分類があっとい
 う間に増えていて縛られる。今回参加していただいた糸山一さんは、
連句では先輩。じたばた組をさらりとかわした。

 蝶眠る公園の月やはらかく           糸山  一

 蝶眠るというのがいい感じで決まる。これで、いつもの三人娘が
 全員の足をギリギリと引っ張り始める。(別名、ぎりぎりガールズ)
かなり必死である。芽笹さんと薄さんと白舟ことすりきれは、目も
血走る。次の句がでないと飲食に入れないので、句を作った方々も
みなも血走る。表六句が終わるまでは、行儀よくというルールであ
る。もう時間は二時間もたっていて、私たちは全員かなり、追いつ
められていた。お腹の鳴る音が聞こえそう。抜け出たのは、芽笹さ
ん。こういう時の句は、こうなっちゃいましたという感じでした。
 句としてはすごく飛躍があっていいと、西北さん。(饅頭食いてえ)

  薄皮饅頭てのひらの上            目崎 芽笹

 ここで、表六句が終わり、乾杯、おめでとうございます、本日は
お招きに預かり、いやいや、なんのなんの、しっかし、五臓六腑に
染み渡りますなあ。と、しばし歓談と飲食に熱中。レシピの交換な
 んかを約束したり、ずんずん出されるご馳走に感激の一時。さらに、
酒の多さとうまさによろっとしたり。羽織袴を脱いで、もうこれか
らは乱れちゃっていいのねと、薄さんと私。   

 うつくしく老いたる人のにくらしき     川口 白舟

 早々にこうきましたかと、参森さん。続いて、薄さんは早くも恋
誘いか。

  エレベーターに移り香残し  小城  薄

 ここからは、膝送りとなり、順番が決まります。緊張と弛緩の大
波小波の大快楽が始まりました。人の苦悶を横目に見つつ、ちびち
び飲みつつ、ぱくぱく摘みつつ、さらにちゃちゃも入れちゃう。こ
こで、ご隠居宅の長老猫の登場。芽笹さんと私の間の椅子に丸くな
って眠りはじめる。なんと、青子さんの足の間で子を産んだという
豪傑猫。愛猫愛犬の自慢話をものともせず、西北さんの追いかけが
始まる。

 ふるさとへうしろ姿を追ひかける   西北

 一さん、恋続けてくださいというのに、なんだか恋離れの雰囲気
が。この句を残して、途中退席。

  夏草の上携帯置きて         一

 お揃ひのTシャツ捨てて、まではすんなり。そのあとにつける五
字に蓮衆燃える。「猫を捨て」「爪立てる」「部屋に鍵」「鍵捨て
て」「唾吐いて」と、わいわい言うもんだから、鬼灯さん少し考え
 させてくださいというのに、もうみんな黙っていられず「鍵変えて」
「別のシャツ」「旅立ちぬ」「尼寺へ」「夜の町」と出るは出るは
・・・。しかし、尼寺と夜の町は正反対で、おかしい。さらに「次
の人」となり「隣室へ」と言ったのは西北さん。「次の家へ」はみ
ゆきさん。「次の間に」も出て、かなりの盛り上がり。鬼灯さん、
さらなる決意を秘めた次の句で、蓮衆は納得する。すごすぎる。完
全に恋は終わった。

 お揃ひのTシャツ捨てて男絶ち     鬼灯

 みゆきさんはさらりと転じて。しかし、男を絶ってもいい酒を飲
みたいという心意気がいいねと西北さん。

  酒は王室御用達にて        みゆき

 参森さんの句に一同唸る。格調高くなってきました、早くひっく
り返してくださいと、みゆきさん。

 李白杜甫かたみに吟じ月の宿      参森

 学芸、遊楽、人名は出た。旅、行事はまだ。李白杜甫が吟じちゃ
ったりして、余りに格調高く芽笹さん悶絶。芽笹さんから菊人形の
イメージが出て、蓮衆は勝手にわいわいと始まる。「手足もがれ」
「首だけ残り」「首飛んで」「縛られており」というのがでて、「
菊人形は亀甲縛り」とつぶやく鬼灯さん。「兜しおれて」「目玉ぎ
らぎら」と、止まるところを知らず。芽笹さんはじっと耐える。「
私はこの辺りにします」と芽笹さんの透きとおる声。

  菊人形のいまだ咲かずに       芽笹

 ここまでで、三時間五十分。あまりのスローテンポにさらに緊張
して、頭が白くなった私のそばで、「普通、表六句はつまんないも
んだけど、今回はすごくいいね」と自画自賛の西北さんは、ついに
「わたしうっとり、うぬぼれやさん、ああ おばかさん」と歌う。
そのおかげもあって、地味な句が出来た。

 傘一つ秋霖の中色もなく        白舟

  西北さん、前句が暗すぎるといちゃもんつけつつ、悶絶。へへへ、
と内心喜ぶ。こういうことにも喜びを見つけてしまった。

  リュックサックにすべて詰込み    西北

 西北さんとうとう家を出る。リュックサックにすべてが入っちゃ
うのも悲しいが。

 次は、花の座である。しかし、宿無しである。ところが、薄さん
は太っ腹である。こんなところで・・・。風流が溢れる。

 大仏の膝に展べたる花筵       薄

  虻に起こされ昼時を知る    鬼灯
 
 もう昼かと伸びをする姿が浮かぶ。虻に刺されて起きたのかも知
れない。

 出ていないものの確認をして、五句去りの確認をして、みゆきさ
んの句は鎌倉の海か。しばし蜃気楼の名所巡りとなる。しかし、蜃
気楼を蛤の吐いた息だと言ったという昔の人の雅さにはため息が出
る。

 蜃気楼塔の先まではっきりと     みゆき

 ここから、ふたたび恋の句に入ります。しかし、雅は突然・・・
うち破られて。

  あそこはダメよ鳥に見られる     参森

 ああ、こういうこともあるのです。その一句が、前の句のイメー
ジまでも・・・参森さんったら。恋はどうなっていくのか、こんな
ふうに始まっちゃって、と思いきや、この混迷に強いのが芽笹さん
です。さらりと、さらに深みに。

 糾へる縄のごとしか腐れ縁       芽笹

  ダーリンそれは泥の舟なの      白舟

 そうなれば、沈めばもろとも、狸の泥船。

 あなたとは最後の旅よふぐと汁     西北

 まさか、ふぐの毒で・・・もう止まらない、苦しい恋。ほんとか
なあ。

  まつげの雪を拳で払ひ         薄

 ああ、拳ね・・・。薄さん、拳なのね。

 ピアノ弾く楽譜の裏に指輪あり     白舟

 とうとう指輪は外されました。恋の終わりです。

  上野の森にさすらひし頃      みゆき

 爆撃の跡をにらみてイラクの児     参森

 学芸、遊楽、地名、時事、無常と出て、ほとんどの物や事柄が歌
い込められました。残っていた病気が出ます。

  病院の窓影の動きて         芽笹

月の座です。生業が出ました。

 植木屋の鋏のむかふ白き月       鬼灯

 ここは名残の表の折端です。ドラマチックな展開も収束へ向かい
つつあります。

  二百十日は事もなくすぎ       西北

 残すところ、あと六句となりました。名残の裏に入りました。静
かに呼吸を整えつつあります。

 落とし水背に聞きながら村離れ      薄

 稲穂の実った田圃から、水が抜かれていきます。稲刈りの準備で
す。場にふさわしい句です。

  福建省の姑娘の夢          鬼灯

 転じました。かわいい、と声が挙がる。姑娘といういい方をめぐ
ってしばし論議が。しかし、あえて姑娘という言い方を残して。

 桟橋の途中に買いし貝細工       みゆき

 貝細工のかわいらしさと可憐さが、雅や風流を追い越して、まる
でみんながぞろぞろと桟橋を歩きながら、貝細工のお人形やネック
レスを買ったりしている風景が広がって行くのです。

  在来線ののどかなる午後        参森

 さらにぶらぶらと一緒に歩いていくような、あるいは一人なのか
も知れないけれど、少しも寂しくなくて、豊かな時間と場所が指し
示されました。そして、花の句です。
 
 見はるかす並木の花のまぶしくて     芽笹

 目を細め、あるいは額に手をあててか。芽笹さんの句に導かれる
ように、最後の一句ができたとき、なんだか嬉しくなりました。 
                              
  鳥の卵のあたたかきこと       白舟        
                             
          二〇〇四年一月一一日 首尾
     於西北宅
    報告 白舟ことすりきれ

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