連句「寒明けや」の巻 横丁のご隠居宮原昭夫公式サイト
連 句













 今回はご隠居の先生にあたる俳人の堀口みゆきさんに捌いていた
だくことになりました。堀口みゆきさんは、現代俳句協会会員で、
俳誌「鷹」同人です。                    
 俳人という響きに胸躍らせ、長屋の連中はその日を待ちわびたの
です。10月11日、土曜日の正午。場所は横浜でした。    
 いつものごとく、発句と脇句は事前に用意してありました。今回
は、発句を堀口みゆきさんにいただき、おこがましくも長屋の尻っ
ぱしょりすりきれが白舟と名乗り、みゆきさんに手取り足取りでや
っとこ脇句をつけさせていただいたのでした。さらにいつものごと
く三句目は宿題となりました。宿題の三句目を懐に、長屋の一同は
つま先立つような気持ちで句会に臨んだのです。        
 爽やかに船の間隔風呼べり      みゆき
  とんぼ群れ飛び白き燈台       白舟
 机はロの字に並べました。正面にみゆきさん、その席をロの字の
上の棒とすると、みゆきさんの右手の机には秋山参森さんと添田鬼
灯さんが座り、左手の机には宮原西北さんと私白秋が、そして残り
の一辺でみゆきさんの正面の机に小城薄さんと目崎芽笹さんが座っ
たのです。なんの意図もなく座ったのですが、後にこの座り方で苦
しむ人も出てくるのでした。                 
 では、の声でみな懐から短冊が。みゆきさんの前には宿題の三句
目が書かれた短冊が並ぶ。みゆきさんが、それをひとつずつ読み上
げる。読み方でこんなにも感じが変わるのかと唖然。みゆきさんが
読むとみんなうまく聞こえて困ると参森さん。         
 緊張の中、これはあとでも使えそうですと言うみゆきさんによっ
て、短冊はいくつかの山により分けられて行く。固唾を呑んで見守
る。気のせいか、いいのが持ち寄られて、かなり捌きを悩ませてい
るように見える。身贔屓かも知れないが。           
 満月のいま日の丸と対峙して      鬼灯
 秋から始まり、三句目も秋です。月があります。鬼灯さんの句が
選ばれました。ここから始まるといっても過言ではない三句目は、
緊張感に満ちていながらも、満月も日の丸も丸くてとても感じがよ
いのでした。                        
  ここでやり方を決める。今回は出勝ちで行こうということになる。
今までの長屋の連句会は膝送りで、順番が決まっていたものだから
自分の番には緊張するのだけれど、人の時にはリラックスが出来る
という緊張と弛緩の大波小波だったのですが、出勝ちということは
早い者勝ちではなくて、競わなくてはならないのです。最後まで選
ばれなかったらどうしょうというプレッシャーもあるのです。しか
し、生唾を飲み込みながらも出勝ちでいくことに反対意見は出なか
ったのです。とことんやるつもりです。さっそくに集中。    
 次々とみゆきさんの前に四句目の短冊が運ばれる。締め切りの時
間を決めようということで一応10分に。さらに、表六句を出勝ち
でそのあと膝送りにしようということになる。ほっという声が漏れ
る。くーっ、緊張に弛緩、大波小波の泣き笑いがいいのである。 
  みゆきさんが出された句を読み上げる。西北さんの句が選ばれる。
 始業のチャイム山に谺す        西北
 チャイムが当初はベルであった。午後1時を知らせるチャイムが
鳴って、あっチャイムの方がいいと西北さん。あまりのタイミング
の良さに、西北さんの肩に連句の女神が腰掛けたようにも思えた、
一瞬。                           
 句が選ばれた人は悠々しているが、芽笹さん、薄さんにはプレッ
シャーがかかる。参森さんは悠々としていて百戦錬磨の古武士の風
である。五句目の短冊が運ばれる。              
 唐突に猫の出て行く置炬燵    薄
 唐突にが効いている。家の中に場が転じている。それに情景が愛
らしい。薄さんの句で決まり、だんだんとプレッシャーから解放さ
れる人が増えて行き、その分芽笹さんの肩にずっしり。六句目は参
森さんの句で決まる。                    
 石並べおく板ぶきの屋根        参森
 ここで表六句が終わり、次は折立に入ります。飲食が解禁になり
ます。お茶は飲んでいたんだけれど、さらにいろいろなものが。ち
ょっと雰囲気も和み、銘々別テーブルの飲食物(事情により詳しく
ご紹介できないのが残念です)を取りに席を立ったりする中、芽笹
さん没頭。名詞止めが続いているので、頭に名詞を持ってくる方が
いい、とのアドバイス。                   
 夜の汽車窓の灯りの流れつつ      芽笹
 その灯りで一瞬板ぶきの屋根が浮かぶと、西北さんが言う。レー
ルの継ぎ目のガタンゴトンという音まで聞こえてきそうである。 
 ここで一巡する。このあと、恋誘いに続き、恋の句になる。「膝
送りにして、時間を決めましよう。10分。それで出来なければ出
勝ちで」と、柔らかな声でみゆきさん。どうも長屋の連句会はゆっ
くりなのである。この時点で2時間近くたっていた。そこで膝送り
の順番が決められる。みゆきさんから反時計回りに、参森、鬼灯、
薄、芽笹、白舟、西北となってみゆきさんへ戻る。長句短句うまく
割り当てられている。月の座も花の座もうまい具合に振り分けられ
て、全体の中の自分のポジションが何となくみえてくる。それに、
重苦しい一巡目を過ぎた解放感が、場を陽気にしている。恋の解禁
でもある。一挙に、爆発しそうになる長屋組の心。       
 夢のさなかに現れし人        みゆき
  一同うっとりとなる。恋誘いの句である。夜汽車の余韻とともに、
新しいステージへと移る。恋は始まった。           
 たくましくそしてもろきに弱いオレ   参森
 たくましいけどもろいところがある女人に弱いのはオレ。それは
参森さんのお好みですかと質問するが、録音もしているせいか、多
分そうに違いないが回答を濁す。つぶやくように西北さんの声、弱
々しく実はしぶとい女が好きなオレとか。           
 まだ恋です。濃厚な恋ではなく初々しい恋です。柔らかな、爛熟
していない恋でお願いします。と注文が出て、押さえ気味なれど次
は鬼灯さんの番です。                    
 新色ルージュネクタイにつき      鬼灯
 もめるよこれは、と薄さんつぶやく。どうも道ならぬ恋を連想し
てしまう。ネクタイ捨ててしまったらどうだろう、とSさん。(あ
えてイニシャルを使わせていただきました)誕生日に妻から送られ
たものだったら捨てられないでしょ、と白舟はなぜか追求してしま
いました。罪深い句です。次も恋です。もうどうなっちゃうのか、
どきどきするのです。                    
 薄笑ひ掌にもてあそぶ鍵ありて      薄
  ほうーの声。おもしろい。愛人ですか。愛人ですかね。愛人だわ。
秘密があるわ。一同、感想を小声で。怖いねのつぶやき、一際しみ
じみと。                          
 恋離れをしてくださいのひとことで、はっとなる。さらに進まね
ばならない。芽笹さんの番である。              
 心やすらぐ旅の時間よ         芽笹
 時間よ、がいいね。旅と夜汽車は近いけれど、五句去りでいいで
しょうということで決まる。さらりと転じてしまった。なんだか、
ほっとなるから不思議だ。ここで、みゆきさんから出ていないもの
を使うと広がりますと、アドバイスが出る。今まで使ったものを確
認する。                          
 次は月の座である。季節は夏である。夏の月は季語の種類が少な
い。夏の月といってしまうか、夏の季語と一緒に使うしかない。 
 昼の月日傘たたみて坂下る       白舟
 静かな感じになる。まだ出ていないものは、食物、楽器、スポー
ツ、神祇、釈教、無常、病災、地名、降物、時事、故事。    
 見舞帰りにペペロンチーノ       西北
 病気と食物を使う。さすがである。ペペロンチーノについて情報
交換しばし。ペペロンチーノも意外で突飛だけれど、見舞帰りにニ
ンニクとか唐辛子のたくさん入ったペペロンチーノくらい食べない
とつらいなという気持ちが想像できて、一同唸る。       
  気の毒なのはみゆきさんである。ペペロンチーノのあとはいかに。
西北さんの隣の席はかなりきついのです。           
 フラメンコギターの突如鳴りだして  みゆき
 楽器が出ました。フラメンコギターという楽器があるのです。「
突如」がフラメンコギターの音の激しさをさらに増幅させます。 
 弁天様にお酒を供へ          参森
 弁天様の琵琶が、フラメンコギターとつながって。でも、意外性
 もある。次々と新しいものが登場していきます。連句の醍醐味です。
長屋組とは雲泥の差です。次は花の座です。          
 隠れんぼ鬼の頬にも花吹雪       鬼灯
 弁天様のそばで鬼ごっこがいい感じだと好評。デジャビュのよう
でもある。                         
 家締め出され春の風邪ひく        薄
 いいじゃないですかと、声が挙がる。風邪と見舞は近すぎはしな
いかと西北さん。五句去りから四句去りへとルールは静かに移動し
ていく。次から名残の表に入ります。折立です。        
 遠くから蛙の声の聞こえをり      芽笹
 場にふさわしく落ち着いた句が出た。これで虫も出た。しかし、
蛙は虫なのか、虫扁だけど。オタマジャクシは虫である。そういえ
ば、分けるのも難しい。虹は気象。蜃気楼はそびきもの、雲も。で
は、逃げ水は気象か。どうも、昔の人の分類では、納得がいかない
ものも結構ある。なにせ、蜃気楼は蛤から吐き出されたと考えられ
ていたらしいのだし。                    
 金星赤く手のとどくごと        白舟
 かなりの苦戦で、一人で大幅に時間を使ってしまう。ここで、会
場を借りている関係で、残り時間の計算をしていたみゆきさん、一
句10分と宣言。                      
 秘めごとはポケットの中佇みて     西北
 恋です。恋誘いですと西北さん。秘密とはなんでしょうか。借金
の請求書かも知れない、サラ金かも。差し押さえの通知かも知れな
いと、全員妄想が膨らむ。                  
 二十二句目です。みゆきさん、うーっ、恋の句は弱いとため息。
困った困ったと言いながらも、素敵な句です。         
 百年たちて逢ふと約束        みゆき
 わーっと湧く。マルケスかあと西北さん。「百年たったらね」な
んて言われたら振られたなと思う、と参森さん西北さん。でも、百
年たって現れたりしてと誰かが言えば、こっちは忘れていたりして
と誰かが応える。思う存分想像の翼を広げて、百年後の再会につい
てしばし大騒ぎとなる。                   
 そんなこと済んだことじゃん髪洗い   参森
 でも、女にこう言われることは想像できた。しかし、「済んだこ
とじゃん」のあとに何がくるのかでまた騒然となる。シャツを洗お
うか、スイカを割ろうか。シャワーを浴びたり、パンツ洗ったりじ
ゃあ即物的すぎるし。髪洗うで決まる。恋はここで終わった。ここ
でルールはいつの間にか、三句去りになっていた。       
 すっぱりと恋を終えた夏です。二十四句目です。       
 宿題あとの打上げ花火         鬼灯
 夏休みの宿題が終わったのです。その解放感が伝わります。  
 とんび舞ふ翼の下は阪神戦        薄
 花火からとんびへ。これで鳥が出た。さらに阪神戦ということで
スポーツも。いろいろなものを入れてさらに前進していくのです。
西北さんが首をひねりながら、しかし阪神戦でいいのだろうか。阪
神はどことやっているのだろうかと細部を突く。早慶戦なら相手が
わかるけど、と言われても今年は阪神である。巨人戦とかいうでは
ないですか、関東では。関西では阪神戦といっているかもしれない
です、相手はどこでもいいんです。と一同説得に。じゃあ九州では
ダイエー戦とかだろうか、とさらに不満げ。もしや、阪神がきらい
なのですかと質問されて、西北さん反論をしまう。       
 あと出ていないものは、魚、故事、無情、述懐なんかだねと参森
さん。芽笹さんの番なのに、準備のよい西北さんは季語集をめくっ
てなにやら書き出している。それを見て、私も机の下で指を折る。
 利根の流れにルアーを投げる      芽笹
 板東太郎かあとすかさず声が挙がる。スケールがデカイ。ルアー
はスポーツ。利根は地名。しばし、利根の川風袂に入れて、の話し
で盛り上がる。                       
 拾ひものリュックに二つされかうべ   白舟
 心中者のされかうべを拾ったのです。ひとしきり、されかうべの
語源について話の花が咲く。いいのか、時間は。と、案じていたら
ぽろんと出た。                       
 金冠抜きて値踏みしてみる       西北
 爆笑! さらに、みゆきさん、笑い止まらず。ひとり白舟ぐった
 り。しかし、みゆきさんは、たいへんな句を受けてしまったのです。
金冠抜きては、今回最も手強い句になったのでした。      
 逃亡のなれの果てなる後の月     みゆき
 ひゃあ、きれいです。よかったです。金冠抜いた因果応報か、追
われる身になったのです。述壊になっています。さらにどうなって
いくのか、予断が出来ません。月が出ました。後の月は十三夜。 
 尼やや寒くバスを待ちをり       参森
 釈教が出た。ここは収束へ向かって、乱れてはいけない名残の表
の折端です。次の句から名残の裏に入ります。もう残りも六句とな
りました。                         
 秋の雨サンジェルマンの迷ひ犬     鬼灯
 やっと海外へ出ました。ああいい句だねと西北さん。     
 いつもの店の焼きたての栗        薄
 食物も出ました。秋が四句続きました。           
 やうやくに十枚の皿絵付して      芽笹
 「絵付して」がいいですとみゆきさん。「やうやくに」とあるの
だからそれを感じてうまく受けてとアドバイスされる。     
 ホームページでお知らせします     白舟
 次は花の座です。挙句のひとつ前です。どう収束するのか、固唾
を呑んで待つ。                       
 夜桜の下に無人の選挙カー       西北
 9時以降選挙運動は出来なくなるので、選挙カーも夜桜の下に置
かれるのです。最後の最後に時事が入りました。挙句はみゆきさん
です。                           
 ゴム風船の飛んでゆく先       みゆき
 一時は巻上るかと案じられましたが、なんとか時間内に仕上げる
ことが出来ました。午後7時33分24秒です。最後に、みゆきさ
んにゆっくりと読み上げていただきました。余韻を楽しみました。
なんだか自分の句が上等になったような気がして、気持ちよくなり
ました。捌きをしてくださった堀口みゆきさん、そしていつも温か
く見守ってくださる参森さんありがとうございました。長屋の連中
 に歩調を合わせてくださり、また尻も叩いてくださり、励ましたり、
諭したりしてくださって、ありがとうございました。そして、長屋
の蓮衆の皆様もありがとうございました。           
    報告 白舟ことすりきれ

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